篠井金山プロジェクトとして進めていた江戸時代の金山絵図のパネルがとうとう出来上がりました。江戸時代に製作された「野州篠井村金山図」を所蔵している国立科学博物館から画像データ提供して頂き、原寸通りのサイズでパネル化したものです。サイズは横114cm×縦55cmあります。説明パネルもほぼA4サイズ(30cm×20cm)で作りました。
今後このパネルを篠井地区市民センターに飾ってもらう予定です。作成に関してはセンターの所長やまちづくり協議会には事前に許可を得ていますが、飾る場所はまちづくり協議会で検討して頂き、決めてもらえればと思っています。ただ、10月22日(日)の衆議院選挙で会場となっている篠井地区市民センターも大変忙しい時期なので選挙が終わってから、場所決めの相談をしようと思っています。
~なぜパネルを作ったか?~
そもそも何故このパネルを作ったかというと戦国~江戸時代にかけて全国有数の金山が篠井にあったという歴史を後世に伝えたいという気持ちからでした。たまたま5年くらい前に、国立科学博物館(東京、上野)が発行した「日本の鉱山文化」という本を目にしたら篠井金山のことが書かれており、江戸時代に作成されたという篠井金山絵図も載っていて大変びっくりしました。地元の人でもよく分かっていない篠井金山の歴史資料が東京の博物館に所蔵されていて金山関係の展示を行った時に公開されたと書かれていました。
その時は「地元の歴史を地元民が知らなくてどうする!」と思ったのですが、博物館から実物を借りることも出来ず、今回やった写真データを提供してもらうなどということは当時は考えもしませんでした。何とかならないものかと、もんもんとしたまま5年の年月が経過し、ある日ネットを見ていたら秋田大学の金山絵図データ公開が好評だという話を偶然発見し、ピピッときたのです。
秋田大学では県内の鉱山の絵図関係を電子データ(スキャンした画像データ)化し、ネットで公開を行っております。それまでは大学の研究室に行かなければ見られなかったような資料が自宅にいながらに閲覧することができ、印刷も可能なのです。大学が予想していたより多くの人がこのサービスを利用しており、今後一層電子化データの公開を進めていくといった内容の記事でした。
秋田大学以外でも一部の大学、博物館などでもデータ閲覧サービスをやっているという記事も載っていたので一度、国立科学博物館に篠井金山絵図の写真データをもらえないか問い合わせしてみようと思ったのです。時間はかかりましたが、博物館の好意で無償でデータ提供をしてもらえることになり今回のパネル化が実現できました。
国立科学博物館が所蔵している篠井金山絵図は常時は非公開で見ることは出来ません。何十年に一遍程度、鉱山に関する展示をする際に公開されてきた程度でした。大変貴重な資料なのに人の目に触れることもなく後生大事に保管されるだけでは本当にもったいなと思ったのです。
何しろこの篠井金山絵図は博物館の説明資料によると明治6年にオーストリア・ウィーンで開催された万国博覧会に鉱物関係の資料として出品されたというではないですか。そんな数奇な運命をたどった絵図が地元篠井の人に知られることなく眠っているなんてとても残念この上ないです。何もせずじっとしているわけにはいかないと思ったのです。
是非とも多くの人にパネルを見てもらい篠井の歴史の一部分を感じ取ってもらえればと思っています。