第29回篠井うどんまつり開催決定 |
新しい年を迎え、皆様方には健康で穏やかな素晴らしい年になりますようお祈りするとともに、引き続きまちづくり活動にご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
さて、まちづくり協議会主催の「第29回篠井うどんまつり」を3月9日に開催することに決定しました。まつりは「うどん早食い競争」がメインで、手打ちうどん、焼きそば、あんころ餅、おこわ等の食品、農産物、手作り手芸品を販売する他、キッチンカーの出店、健康相談、交通安全啓発、バルーンアート・綿あめ無料配布を行います。
はじめに「さんらく太鼓」が会場を盛り上げ、最後の大抽選会となりますが、抽選会では豪華賞品があり、当選確率も高く期待して頂けるものと思っており、多くの皆さんのこ来場をお待ちしています。尚、当日は「宮PASS」のサービスが受けられますので、カードの持参をお願いします。
篠井地区ゆたかなまちづくり協議会会長 平野 勝
なぜ篠井は「うどんの里」と呼ばれているのか? |
今年も3月にうどんまつりが開催されますが、若い人から「なぜ篠井はうどん店が1軒しかないのにうどんの里としてアピールしているのですか?」という質問を何度か受けました。私自身も明確に答えられなかったので地元の人に聞いて調べたところ以下のような情報が集まりました。
1.かつて篠井にはうどんの製麺工場が多数あった
篠井地区にはかつて「篠井のうどん(下篠井)」、「樋口うどん(上篠井)」、「田中製麺(下小池1)」等の製麺工場があつた。中でも樋口さんはうどんの他に「ニギリ矢」の名前でラーメンも製造しており、上篠井の工場の他に下小池2に別の工場もあったとお聞きしました(現在の篠井木材さんの近所)。しかし、30数年前からうどん製麺を取りやめる工場が相次ぎ、うどんの生産地としての伝統が途絶えてしまった。
2.味噌仕立てのうどんが好まれていた
篠井地区のうどんは味噌仕立てで食べるのが基本で、味噌汁にうどんを入れて食べる食べ方が昔からあつた。このためごはんと一緒にうどんを食べたり、ちょっと小腹がすいたときにうどんを食べたり、気軽にうどんを食べる習慣があり(他の地区と比べ),消費量も多く、うどんが篠井の郷土食になっていた。
3.小麦の作付けが多かった
昭和の中頃までは稲作のほかに小麦の作付けが多く、各地域に水車を使つた粉挽き所があった。そこで小麦を挽いてもらい、地粉を使つた手打ちうどんを日常的に食べていた。
一方、篠井のうどんまつりは平成5年に初めて開催されました。当時のむらづくり推進協議会の資料には「篠井の製麺所が一軒、また一軒と廃業し、うどんの歴史が忘れられようとしている。篠井の伝統食のうどんを起爆剤にして地域を活性化するイベントの開催を検討する」と書かれています。うどんの里のシンボルであつた製麺所が無くなつてしまったことが篠井のうどんの歴史が分かりにくくなった一番の原因かと感じました。 岡坪 半田 聖滋
篠井の秋まつり・文化祭を開催しました |
まちづくり協議会主催の二大イベントの一つである「篠井の秋まつり・文化祭」を11月3日に実施しました。天候に恵まれ来場者の出足もよく、会場は開会前から活気に包まれました。農産物・加工食品・うどん・焼きそばは完売し、キッチンカー・子供コーナーには長蛇の列ができました。また、体育協会・お茶会・三楽園、しのいの郷・健康相談・交通安全啓発のすべてのブースが賑わっていました。
アトラクションでは、晃陽中の吹奏楽、篠井保育園のマーチングバンド、コールしのいのコーラス、飯山の獅子舞、太極拳、さんらく太鼓がまつりを盛り上げてくれました。また、屋内に展示した小中学生、各種サークルの皆さんの作品が来場者の目を楽しませました。
そして最後の大抽選会は大いに盛り上がり、和やかな楽しい一日を過ごして頂けたと思います。
結びに、このイベントの開催では前日が大雨の為、テント等の設営が出来ず当日6時からの準備となりました。こ協力を頂きました全ての関係者の皆様、大変お世話になりありがとうこざいました。篠井の秋まつり・文化祭実行委員会会長 平野 勝
防災訓練を実施しました |
12月1日に篠井地区市民センターで各自治会の防災役員を始め、各種団体、関係機関の皆さんに参加・協力を頂き、防災訓練を実施いたしました。
最初に日光市を震源とする地震発生の想定で各自治会長による情報伝達訓練を行い、その後、6班に分かれて、資機材の取り扱い、砂のうの作り方・積み方、水消火器で初期消火、煙道体験、救護、心肺蘇生法、AEDの使い方を西消防署富屋分署の指導をいただき訓練を行いました。
災害は突然起きる事を常に意識し、災害発生時の被害を最小限に止める事を頭の片隅において頂き、参加された方が各自治会でリーダーとなり行動できるようお願いいたします。
篠井地区防災会副会長 高橋 雄一
東照宮神田抜穂祭(ぬきほさい)に参加しました |
6月に実施された東照宮神田田植祭の続編です。田植えした苗が黄金色の稲穂に育ち、10月に刈り取りが行われました。11月8日(金)に今年の神田の担当者(奉耕者)である石那田町岡坪の半田則夫さん宅に関係者が集まり、収穫の神事である「抜穂祭(ぬきほさい)」が行われました。(地元の農協が半田さん宅にテントを張り、その中に祭壇を設けて神事が行われました。)
6月の東照富神田田植祭では神事の後、神田に移動して参加者が一人一株ずつ田植えを行いましたが、抜穂祭の時は神事のみ行われました。抜穂祭は田植祭の時よりも参加者が少なく、8人で執り行いました(東照富神官2名、奉耕者、前年の奉耕者、農協関係者2名、組内両隣)。神事の祭壇の右横には45Kgの籾(もみ)が入った米俵が2つ供えられていました(写真)。
米の奉納は12月に行われますが、その時は米俵の他に25Kgに仕分けした籾を20袋、抜穂300本も合わせて奉納されます。この行事は篠井以外では小林地区でも行われており、奉納の際は両地区が一緒に東照宮に向かいます。 岡坪 半田 聖滋
二十歳を祝う成人のつどい |
1月12日に令和7年二十歳を祝う成人のつどいがコンセーレを会場に開催され、44名が参加しました。代表者が二十歳としての誓いの言葉を述べ、決意を新たにしていました。また、久しぶりの恩師や同級生との再会に、会場は笑顔であふれていました。 事務局
生涯学習センターから |
【少年大空教室】
《親子で苔玉づくり》
10月15日に親子で苔玉づくりをしました。好きな植物を選び、根の部分をミズゴケで包み、その上から苔で覆い、木綿糸を巻き付けて固定し、直接手で触って、親子で協力しながら作りました。 事務局
《Bouken Day!》
1月26日に冒険活動センターと共催でBouken Daylを開催し、杉板焼きを作りました。火おこしをし、杉の板を焼き、磨いて、絵付けをし、親子で楽しく作業をして、世界で一つだけの素敵なプレートができました。 事務局
【地域カアップ教室】
《健康づくり体操》
9月17日に「健康づくり体操」を開催し、生涯学習登録団体の「歩み会」の皆さんをはじめ、地域の方を含む7名の方が参加してくれました。講座の内容は健康維持を目的としたものでしたが、日頃から健康を意識している皆さんの動きは、とてもはつらつとしており、終始笑い声が絶えない様子でした。 事務局
《林業大学校内見学と木工教室》
10月18日に「林業大学校見学と木工教室」を開催し、市内在住の15名の皆さんが参加してくれました。この講座は林業大学校と共催となります。校内見学は建物の構造等の説明に真剣に耳を傾け、プランターづくりは丁寧にキットを組み上げて素敵な仕上がりとなりました。この日は宇都宮ケーブルテレビの取材もあり、後日、講座の様子が放映されました。 事務局
《韓国料理数室》
11月26日に「韓国料理教室」を開催し、市内在住の20名の皆さんが参加しました。本場韓国の味「野菜チヂミ」「チャプチェ」の2品を講師指導の下、作りました。5人1組が4テーブルに分かれての作業となりましたが、仲良く連携をとりながら作った料理は美味しく仕上がり、受講者同士の会話も弾んでいました。事務局
【輝き人生教室】
今年度も輝き人生教室の一環で篠井小学校との世代間交流が各学年で行われました。社会や理科、生活科等に沿つた学習内容で、子供たちは楽しく取り組んでいました。 事務局
篠井の散歩道2 |
第8回 下篠井の天棚
かつて篠井地区には夏の伝統行事として天祭というお祭りがあつた。これは天棚という車輪がない2階建ての屋台(写真参照)をお盆の前後ころに神社の境内に組み立てて、農作物に台風などの危害が無いように3日間かけて祈る行事でした。
篠井では石那田に彫刻屋台が6台あるが、天棚は下小池3、上篠井、下篠井の3か所にあった。しかし現在はこのうち2か所は存在しない。(上篠井は焼失、下小池3は2019年10月の台風による土砂崩れにより流失)唯一、下篠井の天棚だけは現存し、下篠井高龗(たかお)神社境内の倉庫で保管されている。
しかし聞くところによると天祭は2003年8月に実施されて以降20年以上も実施されてないという。
天祭では行人(おんぎょうさま)と呼ばれる役が地区の年配者から3人選ばれ、自装束をまとい、祭の進行を担っていました。行人の一人は天棚の2階で神仏に祈りを捧げ、下では行人を先頭に若衆たちが天棚の周りを何周もぐるぐる回るという儀式(御千度)が行われ、これを決まった時刻に1日に何回も行ったそうです。これが3日間続きました。1階の空間部分では笛や太鼓によるお囃子も行われていました。
石那田の付け祭と比べると宗教色が強かったようですが、2日目の中日には余興なども行われ娯楽としての面もあったようです。天祭も過去の話となってしまい、いつしか忘れ去られてしまうのではないかと思い紹介させて頂きました。今は無くなつた上篠井、下小池3の天棚についても今後ご紹介します。
岡坪 半田 聖滋
山林防火パトロール |
婦人防火クラブは、毎年山林パトロールを行っています。各団体のこ協力のもと、仲根~上小池~飯山~学校林付近などを巡回し、火の元のチェック・現状確認をしています。
山林パトロールは、防火活動としてだけではなく、普段の生活圏外の場所を知ることができ、各団体の方との交流を通じて、地域の今昔を知ることもできるので、とても充実した活動です。
篠井地区婦人防火クラブ会長 赤羽 雅子
男の料理教室 |
令和6年度男の料理教室が12月3日に開催されました。今年度は手打ちそばとアップルパイの作り方ということで、10名定員の所、12名の参加となりました。講師の村田裕子さんの指導のもと和気あいあいとにぎやかに作ることができました。できたそばを「太い、細い」といいながらアップルパイと一緒においしくいただきました。
篠井地区社会福祉協議会 会長 手塚 繁利
花いっぱい運動功労者表彰 |
ひまわり会が「令和6年度花と緑のまちづくり功労者(花いつぱい運動部門)」として市から表彰されました。長年継続してきた活動実績が認められたものです。おめでとうこざいました。事務局
【編集後記】今回、「なぜ篠井はうどんの里と呼ばれているのか?」という記事を地元の人に取材しながら書きました。中でも味噌仕立てのうどんが好まれていたからという話を何人もの方から聞いたとき最初は意外な感じがしました。しかし自分が50年以上前、子供だった頃を思い返すと確かに味噌汁にうどんを入れてしょっちゅう食べていたので妙に納得しました。
また当時、味噌は自家製造している家庭が多かったのに対し、醤油は自家製造が難しく買わないと手に入らない高級品だったので味噌の方が一般的な味付けとして普及していたのだろうという話を伺う事も出来ました。 |
情報提供やお問い合わせは篠井地区市民センターまで電話:669-2515